日本人が100年前に絶滅させてしまったニホンオオカミ。鹿や猪が激増する中、タイリクオオカミ(ハイイロオオカミ)によるオオカミ再導入の議論が進んでいます。そこで争点となっている「外来種(タイリクオオカミ)を持ち込んで大丈夫なのか?」という問題。これ関連して、新たな洞察がありましたので紹介します。(後半で触れます)
※オオカミは危ないからダメ、という平和ボケしたような愚論は論外としています。
目次
そもそもタイリクオオカミ(大陸狼)とは何か?
タイリクオオカミ(ハイイロオオカミ)もニホンオオカミもオオカミという同じ種に分類される生き物。亜種の間柄となります。亜種というのは、本来同じ種の生き物が、例えば離島のような個別の環境に適応していった先の個別の形態です。身近な例だとエゾジカとホンシュウジカ、キュウシュウジカなどは同じニホンジカという種の中で亜種の間柄です。
10万年ほど前に日本列島とユーラシア大陸が地理的に分断された際、そこに生息していた狼も分断され、以後の数万年〜をへて個別の環境に適応してきた結果がタイリクオオカミ、ニホンオオカミ、エゾオオカミです。(その他亜種が世界に分布しています)
中でもニホンオオカミは特に小柄で、広大な原野ではなく急峻な山林に覆われた日本の国土に適応した結果だと推察できます。エゾオオカミの場合はベルクマンの法則(※寒冷地ほど大きくなる)を体現して大柄であり、これはエゾシカも同様です。
エゾシカついでに言及しておくと、国内の鹿は正確にはニホンジカという種で、ニホンという名前ですが中国やロシアにも生息します。それぞれ亜種の間柄でウスリージカとかコプシュジカという亜種名がありますが、種としてはニホンジカです。千葉県で大繁殖している外来種のキョンは鹿の仲間ですが、ニホンジカとは完全に別種です。
タイリクオオカミは外来種か?
狼再導入の議論で、近年争点としてしばしば指摘される「タイリクオオカミは外来種だろうが!」という点。オオカミ再導入支持者らが「かつての日本の自然を取り戻す」といった復古的な理念を掲げている点を突いた論で、「自然を復元するために外来種を入れるのは本末転倒。逆に生態系が乱れてしまう。」といった趣旨の指摘が散見されます。
ではタイリクオオカミは外来種なのでしょうか?
なんとなく近そうな例として、オオサンショウウオとチュウゴクオオサンショウウオの例と比較してみます。
オオサンショウウオの類例
オオサンショウウオとチュウゴクオオサンショウウオはともに世界最大の両生類で、特に前者は日本の特別天然記念物。オオサンショウウオもチュウゴクオオサンショウウオもともにオオサンショウウオ属に属していますが、分類としてはそれぞれ独立した種です。
賀茂川水系では食用に持ち込まれたとされるチュウゴクオオサンショウウオが生態系に紛れ込んでおり、固有種と交配してハイブリッドが誕生。これを遺伝子汚染といい、固有種保全の観点から危ぶまれています。この場合、チュウゴクオオサンショウウオは明らかに外来種で、固有種保全の観点では生態系を乱す存在と言えます。(ただし双方がIUCNの保護対象)
一方のタイリクオオカミとニホンオオカミ。分類としては同じ種のオオカミであり、サンショウウオとは事情が異なります。ただし、タイリクオオカミもニホンオオカミもそれぞれが個別に生態系に適応してきた亜種なので、厳密には同じではありません。
同種だが固有性の高い亜種
ここで、残存するサンプルからニホンオオカミのDNA解析を行った岐阜大学応用生物科学部・石黒直隆教授の論文を一部引用します。
遺伝的な解析は、骨に残存する遺伝子を増幅することにより実施した。(中略) 驚いたことに、イヌや大陸のオオカミの配列と比較すると、8サンプルに共通して特定な10塩基座に塩基置換が検出され、ニホンオオカミの特異性が示された。
ニホンオオカミとタイリクオオカミは、DNA的にもほぼ同じで同じ亜種の間柄ではあるものの、数ある亜種の中でもニホンオオカミは早い段階で分離した特異性の高い亜種であるらしいです。
まだ生き残っていたとすれば全力で保護すべき固有の存在だったと言えます。これは同じく絶滅したニホンカワウソやニホンアシカも同様かもしれませんし、また現存しているニホンアナグマについても言えるかもしれません。(地理的背景は同じなので)
つまりニホンオオカミにとってのタイリクオオカミは外来種と言って良さそうです。少なくとも感情的には(笑)。では、そんな固有のニホンオオカミの代わりにタイリクオオカミを導入することで生態系は乱れてしまうのでしょうか?
ここで当記事の主旨として紹介したいのが、「絶滅した種の役割を代替種が果たす」という考え方。
絶滅した種の役割を代替種が果たす
いきなり引用します。
「でも考えてみてください、絶滅してしまった生き物がいた生態系などでは、その機能を別の生き物に担ってもらわないと生態系の復元もできないんです。外来生物が在来種を脅かさずに新しい生態系の中で役割を担っているなら、それはよしとしなければならないことがありますね」
こう語るのは鳥獣整体研究室の研究者、川上和人氏。ナショジオのWebトピックスからの引用です。都合のよいところだけ抜粋した、と解されるのも朝日新聞みたいで嫌なので、ぜひ全文を読んでみてほしいです。とてもいい記事です。
とある種が絶滅した場合、その周辺環境を復元しても元の生態系のようには戻らないという話をされています。その中で「場合によっては別の種に代わりをになってもらわなければならない」という主旨の内容が記載されています。
外来種を「入ってきてはならない存在/除去すべき存在」と捉えた場合、タイリクオオカミは有害(かもしれない)種となります。が、本来の生態系で頂点捕食者の役割を担っていた存在が消えてしまったのであれば、同じ役割を果たす外来種は「除去すべき存在」とは一線を画します。ましてDNAもほとんど差のない亜種の間柄であればなおさらです。
ニホンオオカミが担っていた「山林の頂点捕食者」という役割は、国内の哺乳類における唯一のポジション。ツキノワグマは捕食動物というより腐肉食動物なのでニホンオオカミの代役は担えておらず、同じ役割を果たせるのは同じオオカミかトラ(虎)です。そして「外来種だからダメ!」というのは後者の場合にこそ言うべきセリフです。
イヌもオオカミの亜種
イヌも、実はオオカミの亜種です。だいたい15,000年くらい前に別れた(家畜化された)らしく、DNAも近年まで違いが判別できなかったほどの近縁です。
絶滅種の代替を現存する亜種で補うのがOKなのだとしたら、同じくオオカミの亜種であるイヌでもOKという事になります。
実際OKだと思います。
以前別記事にも書きましたが、犬が放し飼いにされていた頃は野生動物の人里への進出は大いに抑制されており、またつい最近でも野犬が鹿を捕食している実例はあります。
野犬が駆逐され、飼い犬の放し飼いが激減した時期と、鹿や猪の農作物被害が目立ち始めた時期が、これだいたい一致するので、犬たちによる抑止力は間違いなくあったのでしょう。人が山に手を入れなくなった時期とも重なるので複合要因だとも言えますが。
よってタイリクオオカミの代わりに犬を放すという選択は「無しではない」と思います。世論的にはこちらの方が現実的だと言えます。が、野犬とオオカミには致命的な違いがあります。
つまり「野犬は人を襲う」という事。
一見逆のように思われますが、世界中で起きているイヌ科の人身事故は犬(イエイヌ)によるもので、オオカミによる人身事故の記録はほとんどありません。数少ない記録も狂犬病や観光客による無謀な餌付けによるもので、近年における記録の数も十数件とされています。
犬が人を襲い、オオカミが人を襲わないのは、前者が家畜、後者が野生動物だから。前者は元をたどれば家畜化されたオオカミで、人とともに1万数千年を過ごした結果、人に慣れきっているため人を恐れません。
逆に多くの野生動物がそうであるように、オオカミは非常に臆病な生き物。自然界では滅多に人に姿を見せません。ツキノワグマですら人間との遭遇を極端に嫌うとされています。(なのでバッタリで会うと驚いてキレる)
話が逸れますが、野生のモウコノウマ(蒙古馬)の生息地を馬車で通ると、「野生馬」は怒って「馬車の馬」を攻撃しようとするのですが、人間がいるので諦めるのだそうです。一方、「動物園出身で野生化した馬」は、人に慣れているので人間がいようともお構いなしで「馬車馬」をコテンパンにやっつけるのだとか。
「私たちの馬(野生環境で保護している馬)は人間に対して攻撃的なふるまいを、ほとんどと言っていいほどしません。でも、私たちが馬車に乗っていなかったら、ヴィパード(群のボス馬)はたぶん馬車を壊して馬を殺していたでしょうね」
引用:チェルノブイリの森 メアリー・マイシオ著
話を戻しますが、亜種としてイヌを山に放つのは鹿・猪・アライグマなどの個体数抑制にはある程度有効だと予想できます。が、オオカミより野犬の方が危ないのは想像にかたくありません。
野生化した土佐犬に山中で遭遇した際、先方が恐れて先に逃げ出すとはどうしても思えません。(まして絶対に勝てる気がしません)
タイリクオオカミで生態系が乱れるという誤解
オオカミの再導入でなんとなく「生態系が乱れる」と思っている人に時々出会うのですが、いまのところ100%が根拠のない誤解もしくは感情論、そして根本的な自然界への無関心がありました。
確かに現在の日本人からすれば、生まれた時にはすでにオオカミは存在していなかったのですから、再導入は「後から入れる」ように見えます。結果「外来種!自然破壊!」みたいな勘違いが生じます。
が、実際にはオオカミは我々が生まれる少し前まで日本の山林に生息していたもので、再導入とはこの代役を近縁の亜種に担ってもらうというもの。論としてまずい部分は見当たりません。
むしろ、今現在がリアルタイムに急速に生態系が崩壊していっているのですが、そういうのを気にする人(気づく人)は全国民のごく一部。都市部の大半の人にとって鹿・猪の激増や山林の崩壊は興味の対象外で、まして侵略的外来種のアライグマが増えたせいで森から鳥が消えるとか、さらには希少な両生類がいつの間にか消失しているかもしれないなどの近未来は想像の選択肢に皆無なのだと感じます。
そういう人たちが”偶然耳にした”オオカミ再導入論に反射的に感情で反対しているのだとすれば、それは誤解による悲劇でしかありません。
実際のところ、有名なイエローストーンの事例を皮切りに、海外ではオオカミ再導入による生態系回復の事例が続出しており、日本だけがこれに例外するというのは理論的ではありません。
オオカミ再導入に反対している人たち、特に識者や専門家の部類の人たちは、反対理由を述べるのではなく、そろそろ問題解決の対案を出すべきではないでしょうか。
株式会社Forema(フォレマ) 代表。生態系保全活動の傍ら、自社ラボで犬と猫の腸内細菌/口腔細菌の解析を中心に、自然環境中の微生物叢解析なども含め広く研究を行なっています。土壌細菌育成の一環として有機栽培にも尽力。基本理念は自然崇拝。お肉は週2回くらいまで。