ウナギの激減は乱獲だと思っていました。もちろんそれも大変大きな要因なのですが、その前段階として、ネオニコチノイド(殺虫剤)がウナギの激減に大きく関与していたという研究結果が2019年の11月にサイエンス誌に掲載されました。
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農薬で昆虫がいなくなる
穴道湖でオオユスリカが激減
これは島根県の宍道湖で80年代から続けられていた調査によって判明したもの。周辺の農地で使用されていたネオニコチノイドが水系に流入し、生態系の基盤にあるプランクトンや微小な甲殻類などを壊滅させた結果、それを捕食していたウナギなどが激減という流れ。
以下、ナショジオニュースから引用
論文の筆頭著者で、産業技術総合研究所と東京大学に所属する山室真澄氏らは、この記録を使って、ネオニコチノイドの使用と食物網の混乱との間に明確なつながりを発見した。
ネオニコチノイドを使い始めた1993年の前後12年間について、魚の餌になる微小な甲殻類などの動物プランクトンの量を集計したところ、平均で83%も減少していた。
なかでも、オオユスリカ(Chironomus plumosus)の幼虫は、2016年には全然見つからなかった。山室氏はこのことにショックを受けたという。
ユスリカの仲間は、ぱっと見だと蚊なのですが、特に人を刺すわけでもなく、その辺をフラフラ飛んでいる虫。私たちはどうしても人を刺す蚊(イエカやヤブ蚊など)のイメージがあるので、ユスリカを見ると忌避してしまうのですが、無害です。
私が以前住んでいた住宅地は2000年代初頭くらい前までは田んぼだった農業地帯で、今でも用水路が縦横に走っています。その関係か、雨が降らず水質が悪くなってくるとユスリカが多く発生したもの。これが大量発生すると保健所の出番で、該当の水路や水溜りに殺虫剤をまくなどの対処をします。
そうした行為も含め、水系に殺虫剤をまくという行為は従来の価値観であれば普通に行われていたのだと思います。が、それら慣行がいかに生態系に大打撃を加えていたかという事を今回の研究結果は物語っています。
エリー湖ではカゲロウが激減
北米のエリー湖でも穴道湖と同じような事例が報告されています。同じくナショジオニュースから引用します。
カゲロウが減っている原因はいくつか考えられる。まず、近年、エリー湖や中西部の多くの淡水系で濃度が上がっているネオニコチノイド系殺虫剤だ。この化学物質は多くの昆虫にとって有害だ。2018年のある研究によると、五大湖に注ぐ川では、米環境保護庁が水質保全のために設定した指標の40倍の濃度が観測されている。
この記事には気象レーダーで観測したカゲロウの大量発生プロセスが動画で紹介しているのですが、ほとんど雲です。
人間から見れば脅威でしかありませんが、この大量発生が生態系のボトムを支えているとなると、物事の見方を変えざるをえません。
引き続き同記事から引用
カゲロウは、さまざまな捕食者に食べられることで、生態系を支える重要な働きをしている。ほかにも大量の栄養分を水から陸に運ぶという生態学的に貴重な役割も担っている。
「カゲロウには、水陸両方の生態系に欠かせない機能があります」と、今回の研究には関わっていない米パデュー大学の生態学者ジェイソン・ホバーマン氏は語る。 「生息数の減少は食物網全体に影響を及ぼす可能性があります」
蚊の大量発生はアフリカでも
エリー湖に限らず、アフリカのマラウイ湖やヴィクトリア湖でも蚊(フサカというらしい)の大量発生があり、こちらも本当にすさまじいのですが、これらがシクリッドなど豊富な魚類および周辺住民の生活を支えているのだと考えれば、やはり見る目が代わります。気持ち悪いから壊滅させよう、という発想がいかに傲慢かに気づかされます。
日本に目を向けると、琵琶湖ではユスリカがビワコムシという別名で呼ばれており、やはり時々大量発生して周辺を困らせるらしいのですが、それらが水と陸の双方の生態系に重要な役割を果たしているということを私たちは知識として知っておかなければいけないようです。
余談ながら、滋賀県は県の育成種のお米に対して減農薬/減化学肥料を行っているのですが、これは琵琶湖の生態系への配慮なのだそうです。
そして逆に害虫が増える!?
前述のように、生態系のボトムを支える微小昆虫らを壊滅させる弊害が露呈したネオニコチノイド ですが、本来の目的である害虫駆除に対しても逆効果が出てしまったと報告する研究があります。
「応用生態学誌」に掲載された2015年の研究は、広く使われているネオニコチノイドで処理した大豆の種子が、ナメクジを食べる肉食甲虫を弱らせたり殺したりすると報告している。捕食者に脅かされなくなったナメクジは増殖し、大豆の収量を5%減少させた。種子の処理は害虫を排除して収穫を増やすことを意図しているのに、結果として生物による害虫抑制が阻害され、逆効果が発生したのだ。
デイビッド・モンゴメリー著 / 土・牛・微生物 P111
何かを守るために特定の生き物を駆除した結果、別の何かが台頭して従来よりもっと悪い状況になるという現象は「駆除現場」において多々みられる現象です。在来の植物を守るために外来種を駆除した事例を引用します。
北マリアナ諸島のサリガン島で(在来の植物を食い荒らす外来の)ブタとヤギを排除してみたら、それまでヤギが好んで食べていた外来のツル植物が、たちどころに島中に蔓延ってしまった。ガラパゴス諸島のサンクリストバル島で、野生化した畜牛を駆除したところ、外来のグアバが急速に密生し、入る隙もないほどの藪になった。在来の野の花を守ろうとして、カリフォルニアの草原から畜牛を追い出した時も同様のことが起こった。一番恩恵を被ったのは外来種のグラス類で、在来種の野の花の生息数は、ウシが追い払われる前よりも下がってしまった。
ケン・トムソン著 / 外来種のウソ・ホントを科学する P172
まったく、人が安易に手を出すとろくなことにならない。
ネオニコチノイドとは何か?
順序が逆で恐縮なのですが、そもそもネオニコチノイドとは何か? それは農薬の一種で殺虫剤。Wikipediaでスマートにまとめられていましたので引用します。
ネオニコチノイド(英: neonicotinoid)は、クロロニコチニル系殺虫剤の総称。ニコチン様物質を意味し、イミダクロプリド、アセタミプリド、ジノテフランなどが該当する。
現在、農薬として世界100カ国以上で販売されている。植物体への浸透移行性があり残効が長い利点があり、殺虫剤の散布回数を減らせるため、世界各国において最も主流の殺虫剤として用いられて、1990年頃から使用が急増した。その後、世界各地でミツバチ大量失踪(蜂群崩壊症候群)が多発し、このネオニコチノイドも一因ではないかと言われている[1]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%81%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%83%89
発明したのは日本の会社なのだそうです。世界で最も使用されている殺虫剤が生態系のボトムを壊滅させているのであれば、世界中で生態系が壊滅していると断言しても過言ではなく、レイチェルカーソンの「沈黙の春」の再来とも言えそうです。
こういう事実は若い人ほど敏感なもので、何とかしようと動く一方で知見やノウハウ、人脈の乏しさから空回りする事が多いように思います。
一方で、殺虫剤や除草剤を使いまくっているジジィ世代ほど決定権を持ち続けているという現状はとても厳しい状況で、Forema としても、こういった実情を変えていくべく企業体力をゴリゴリと強化していきたいと思う次第です。
我々の選択次第で..
殺虫剤に限らず、農薬や化学肥料の河川への流入は深刻なもの。農業の健全化は生態系保全とセットで考える時に来ているように強く思います。
農業に限らず、(海外の事例ですが)畜産からは抗生物質や避妊ホルモン、駆虫剤、痛み止めが生態系に流出して大打撃を与えています。
私たちが何を購入するのか/しないのかの選択によって、農薬や畜産由来の薬物が河川に流れ込むかどうかが決まるという現実。逆にいうと我々の選択が生態系回復に確実な影響を与えられるということでもあります。
自然界に関わりのある事業を展開していると、同じような志を持った別業種の逸材と出会う機会も増えており、ある程度の勢力圏を構成できる力強い感触を得ています。
..というわけで、また続きはいつか。
株式会社Forema(フォレマ) 代表。生態系保全活動の傍ら、自社ラボで犬と猫の腸内細菌/口腔細菌の解析を中心に、自然環境中の微生物叢解析なども含め広く研究を行なっています。土壌細菌育成の一環として有機栽培にも尽力。基本理念は自然崇拝。お肉は週2回くらいまで。