前回、犬とビフィズス菌について記載しました。今回はなんとなくビフィズス菌と混同されそうな乳酸菌についてお伝えします。
※当記事は関連文献および、自社での16S rRNA解析事例を元に執筆しています
(冒頭写真:Public Health Image Library)
目次
知名度100%? でも乳酸菌って何だろう
あまり知らない 乳酸菌の定義
前回も書きましたが、乳酸菌とは乳酸を生み出す細菌たちの総称です。有名どころではラクトバチルス属というグループがあります。
ヤクルトでお馴染みの「ラクトバチルス カゼイ」は誰しも耳にしたことがあるはず。「ラクトバチルス カゼイ」は元々体内や自然界に存在するものですが、その中から特に有益な個体たち(株といいます)を研究者が独自に選別、培養することで特許を取得し、独自の商標で商品化されていきます。
その一つが有名なシロタ株ですが、これは「ラクトバチルス カゼイ シロタ株」というのがフルネームです。(現在の正式名称は ラクティカゼイバチルス カゼイ シロタ株)
Lactobacillus caseiは、Lactobacillus属に属する多数の種のうちの1つです。2020年4月現在、L. caseiは Lacticaseibacillus caseiに 正式に再分類されているので、完全な菌株名はLacticaseibacillus casei Shirotaと 呼ばれることもあります(Zheng J et al.、2020)。
ヤクルト以外で有名どころは明治のブルガリアヨーグルトで、よく見ると「LB81」という商品名になっています。これは「ラクトバチルス・ブルガリクス」と「ストレプトコッカス・サーモフィラス」という2種類の乳酸菌の名前から命名されたのだそうです。(※乳酸菌は「ラクトバチルス属」以外にも「エンテロコッカス属」「ストレプトコッカス属」「ロイコノストック属」など、複数のグループに存在します)
ちなみに、森永のヨーグルト「ビヒダス」はにBB536と大きく記載があるのですが、「ビフィドバクテリウム・ロンガム」という細菌から、独自にBB536という株を分離して培養したもの。森永独自の強化選手が配合されているという事です。(B.ロンガムはビフィズス菌に分類されます)
善玉菌といえば乳酸菌
乳酸菌は宿主にとって有益で、健康に良いとされています。各種論文や企業の独自研究などで有益な働きが多々報告されています。有名どころをあげると下記の通り。
- ラクトバチルス カゼイ(ヤクルト)
- ラクトバチルス ブルガリクス(明治ブルガリアヨーグルト)
- ストレプトコッカス サーモフィラス(同上)
- ラクトバチルス ガセリ(雪印 恵み など)
- ラクトバチルス ロイテリ(オハヨー ロイテリヨーグルト)
- ラクトバチルス アシドフィリス(ビオフェルミン)
- エンテロコッカス フェカリス(数多メーカーのサプリ)
などなど。
ヨーグルトが体に良いのは誰しもが知る事実ですが、メーカー製品以外でも例えば「糠漬け」などの漬物でも乳酸菌が活躍しています。乳酸菌の一部は塩分に強いため、漬物の環境では生存競争に勝ち抜き、結果として腐敗菌の増殖を防ぎ、かつ大根やナスなどの具材を「いい具合」に発酵させていくわけです。
また、腸内以外にも、例えば口腔内を健全に保ち、虫歯菌/歯周病菌の増殖を抑える乳酸菌もいますし、女性の産道はほぼ乳酸菌によって独占されており、産道内が酸性になる事で外部の病原性細菌の侵入を阻止しています。
と、ここまで書くと乳酸菌最高!となるわけですが..
乳酸菌の意外な真相!?
従来の定説とは違った挙動も??
20世紀末まで、腸内の細菌の大半は観察することはほぼ不可能だったため、お腹の中で何が起こっているのかはほとんど分かっていませんでした。(腸内細菌の多くは空気に触れると死んでしまうため、研究室では培養できなかった)
ところが、テクノロジーの飛躍的な進歩によって近年では腸内細菌のDNA解析まで可能になり、腸内に今、どんな細菌がどれだけ生息しているかが分かるようになってきました。
そんな中、乳酸菌にまつわる従来の定説が一部覆り始めています。
「生きてお腹に届く」というキャッチコピーはミスリードかもしれない
「生きて腸に届く」という有名なキャッチコピーがあります。が、ここには若干のミスリードがあるかもしれません。なぜなら
- 乳酸菌が生きて腸に届くことはそこまで重要ではないかもしれない
- 無名の乳酸菌たちも割と普通に腸まで届いているようだ
の2つの理由によります。
1.乳酸菌が生きて腸に届くことはそこまで重要ではないかもしれない
これまで、「生きて届かない乳酸菌は無価値」のような”空気”がありました。が、実際には「死んだ乳酸菌にも価値あり」ということが分かり始め、製品としても流通し始めました。これを「死菌」といい、成分として腸内環境に好影響を与える事が分かっています。
死菌のメリットは、生菌のような温度管理や品質維持が不要で、安定品質と大量生産、大量流通に向いているという点があります。また、カサが減るので同じ量で5〜10倍ほどの量が得られるというメリットもあります。
生菌だと「乳酸菌30億個含有」となるところが、死菌だと「乳酸菌1000億含有」というふうに、キャッチコピー的にもインパクトが出るという、極めて営業サイド都合のメリットもあります。
ただし、生菌と死菌はそもそも役割が異なるので、”数だけ”でキャッチコピーを競うのはやはりミスリードの典型と言えます。
死菌の役割は他の乳酸菌や周辺細菌らのエサとなって育成につながるという点。実際にはミクロの世界でもっと複雑な事が起きているのでしょうが、ともあれ腸内にいる既存の味方たちにメリットがあります。ただし本体はすでに死んでいるので、それらが増殖して定着することはありません。
そして、腸内で既存の味方が枯渇している場合、死菌単体では意味をなさない事があります。(腸内環境改善に全く貢献しない事例が多々あり)
2.無名の乳酸菌たちも割と普通に腸まで届いているようだ
一方で、死菌ではなくても、一般的には誰も効いたことがないような無名の乳酸菌たちも、普通に腸内に届いているようです。
逆に「生きて腸に届く事」がPRされている乳酸菌であっても、そこまで届いていない事例や、届いた次の日にスコーンといなくなっているような事例など、これまで(勝手に)思われていた事は、現実とは乖離している可能性があります。(ともにForemaラボでのNGS解析結果より)
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必ずしも善玉菌とは限らない? 乳酸菌の別の素顔
嘘をつくやつもいる??
冒頭で、乳酸菌は「乳酸を生み出す細菌の総称」と書きました。つまり色んな奴がいるのです。
乳酸を生み出しているから善玉菌と考えていると、道を誤るかもしれません。「インド人、嘘つかない!」と言っていても、中には嘘をつく奴もいるのです。
(例:Olsenella属など)
ロイテリ菌にも別の顔..
また、本来はとても有益な働きをする一方、状況によっては全く別の顔を持つ種の細菌もいます。その1つがロイテリ菌。
正式名称を「ラクトバチルス ロイテリ」といい、口腔内の病原性細菌を抑制したり、口腔〜腸管を通じて体内への好影響を与える科学的根拠が多数示されています。
ところが、「エリュシペロトリクス科」の細菌グループと「ロイテリ菌」の組み合わせが、多発性硬化症を悪化させるという研究結果が2020年に報告されています。
..今回の研究により、腸内細菌の一つであるLactobacillus reuteriがミエリン特異的T細胞と交差反応[4]することでT細胞の増殖を促進し、Erysipelotrichaceae科の菌がこのT細胞の病原性を高めることが明らかになりました。これら作用の異なる二つの菌が、相乗的に中枢神経系の炎症を増悪すると考えられます。
E.フェカリスも..
また、知名度の高い乳酸菌の一つである「エンテロコッカス フェカリス」は特定の抗生物質に対して耐性を獲得する事があり、結果として必要以上に増殖して感染症の原因となります。元々感染症の原因菌として研究されてきた細菌でもあります。
ちまたに流通しているのは死菌として無害化したものですが、あたかも生菌のように記載した製品も多いので混乱の要因となります。
ちなみにE.フェカリスの死菌は一部の腫瘍に対しての抑制作用も報告される一方で、生菌は結腸癌の発生に何らかの関与があるのではないか? という論文もあります。
腸内世界は人間界と同じ?
これと似たような事例は多々あり、一方で有益な働きをする細菌が、他方では感染症の一因となるというのはむしろ日常。よくあるのは
- 単独で力を持ちすぎてしまった(増えすぎた)
- 本来の居場所ではないところにいってしまった(居場所をまちがえた)
- 良くないところで良くない組み合わせになった(友達選びを誤った)
など、まるで人間界と同じ事が起こっているのが細菌の世界の奥深さです。
乳酸菌に限らずあらゆる腸内細菌において、人も犬も状況は同じです。私たちやペットのお腹の中にあるもう一つの世界に対し、宿主はどのように向き合い、餌を与え、育成していくのか。その結果が人生/犬生にそのまま直結すると言っても過言ではないでしょう。
次回は悪役について書いていきます
- 犬の腸内細菌シリーズ
関連商品
株式会社Forema(フォレマ) 代表。生態系保全活動の傍ら、自社ラボで犬と猫の腸内細菌/口腔細菌の解析を中心に、自然環境中の微生物叢解析なども含め広く研究を行なっています。土壌細菌育成の一環として有機栽培にも尽力。基本理念は自然崇拝。お肉は週2回くらいまで。