犬の腸内細菌シリーズ、第三弾。今回は誰もが耳にした事がある細菌界のダークヒーロー「大腸菌」について書きます。
※当記事は関連文献および、自社での16S rRNA解析事例を元に執筆しています
(冒頭写真 wikipedia commondsより)
目次
本来は悪役ではない? 大腸菌の素顔
大腸に生息する当たり前の存在
大腸菌は、正式名称を「エスケリキア コリ(※)」といいます。エスケリキア属のコリという種です。ヒョウ属のトラ、ネコ属のイエネコみたいなものです。(※エシェリヒアと発音する場合もあり)
大腸菌は和名の通り、大腸に普通に生息している常在メンバーと言えます。大腸菌が有名なのは、好嫌気性という性質により、ペトリ皿での培養がしやすかった(=研究しやすかった)という背景もあります。発見されたのも古く、よって19世紀から研究者にとっての絶好の研究対象だったという経緯があります。
大腸菌=悪役というイメージが大きいですが、犬も人も、腸内に大腸菌が存在する事自体は問題ではなく、むしろ自然な状態と言えます。
ではなぜ大腸菌=病原菌というイメージが定着してしまったのでしょうか?
病原性大腸菌という存在
大規模な感染症としてしばしばメディアを賑わしてきた病原菌、「O-157」や「O-111」という名前をご存知の方も多いかと思います。これらの存在が大腸菌の悪名を強化している側面は大きいように思います。
こうした大腸菌らは「病原性大腸菌 O-157」というふうに表記される事もあるのですが、これは大腸菌の中の特に素性の悪い「株」のこと。株とは、種(しゅ)の中の、さらに個別のこと。ヒト属のホモサピエンスという種の中の「タ●バン」みたいなところでしょうか。
病原性大腸菌と、通常の大腸菌の違いは大きいといえます。
大腸菌の何が問題か?
通常の大腸菌は、本来いるべき場所に、普通に存在している限りは無害です。が、居場所を間違えると大変なことになります。
例えば、皮膚の傷口から皮下に入ると感染症の原因となります。尿管に入れば尿路感染症。大腸の不具合で血液に侵入してしまえばやはり臓器の感染につながります。
この時、体の免疫が正常に機能していれば、こうした大腸菌は適切に処理されて感染症は抑止できるのですが、何らかの事情で宿主が弱っていると疾患につながってしまいます。
薬剤耐性を持ちやすい
大腸菌が所属するエンテロバクター科の細菌は薬剤耐性を獲得しやすい特性があります。薬剤耐性とは、抗生物質などに対しての抵抗力のこと。つまり薬が効かなくなりやすいという厄介な性質。
この、薬が効かないタイプの細菌のことを薬剤耐性菌といいます。大腸菌は抗生物質治療の後に薬剤耐性菌として腸内で大繁殖する事があり、結果として感染症や不具合の一因となります。おとなしくしていれば本来は無害な存在でも、大繁殖して毒素を出し始めると一挙に有害な存在へと豹変します。(大腸菌に限った事ではありません)
また、病院内であればカテーテルなどにこっそり残留し、院内感染の一因にもなります。(これも大腸菌に限った事ではありません)
不具合のある犬に共通の特徴
プロテオバクテリア門の増加と大腸菌の台頭
Foremaで実施しているペットのマイクロバイオーム解析でしばしば共通してみられる事象。それは、疾患のある犬は「プロテオバクテリア門」の細菌が非常に多いという事。
「プロテオバクテリア門」というのは細菌類の大きな分類の一つで病原性細菌が多く含まれるグループ。大腸菌やサルモネラ菌、赤痢菌も「プロテオバクテリア門」に分類されています。このグループは下痢や嘔吐、その他さまざまな疾患との関連が報告されています。
アレルギーと大腸菌にも関連が?
下痢を繰り返す犬やアレルギーがある犬など、何らかの健康問題のある犬は、かなりの確率で「プロテオバクテリア門」が大増殖しています。
「プロテオバクテリア門」の中にもたくさんの種類が存在するのですが、アレルギーのひどい犬の場合に目立つのは大腸菌(=エンテロバクター科のエスケリキア属)、そしてシュードモナス科やクレブシエラ属といった、病原性の高い細菌たちです。
なぜ病気の犬で大腸菌が大繁殖するか?
本来は単独での大増殖はできない
大腸菌をはじめ、主に「プロテオバクテリア門」の特定グループがほぼ単独で増殖するのはなぜでしょうか?? 個体によって多少の事情は異なるでしょうが、薬剤耐性菌の問題は少なくないと思われます。
通常、健康個体の腸内で大腸菌など特定の細菌が単独で大繁殖することは多くありません。なぜなら他種多数存在する「他の細菌たち」がそれを許さないからです。が、なんらかの事情で「他の細菌たち」がいなくなってしまったら?
それが抗生物質です。
抗生物質の弊害
病気治療やその他事情で抗生物質を使うと、良い細菌も悪い細菌も一掃されます。が、上述のように大腸菌は薬剤耐性を持ちやすいため、皆が死滅した時に少数で生き残る事があります。
生き残ったグループは薬剤に対しての耐性が強く、それらが時間と共に分裂を繰り返して薬剤耐性の強い勢力が出来上がります。その間、元いた他の細菌たちは一掃されて不在のまま。盲腸あたりにいる生き残りが戻ってくるまでの間は、薬剤耐性のある大腸菌の天下です。
少数であれば問題のなかった大腸菌が、薬剤耐性を得て増えすぎた事で不具合に直結しています。
この薬剤耐性菌問題は大腸菌に限らず様々な細菌で共通しておこります。また、一般的には良いとされている細菌の場合でも、薬剤耐性を持って宿主に悪影響を与えることは少なくありません。
多くのペット犬で大腸菌が増えているわけ
国内のペット犬は大腸菌の保有が明らかに多いです。海外の複数論文と比較しても、データが間違っているのかと思うほど大腸菌が多いです。つまり病気持ちもしくは疾患予備軍です。老若男女分け隔てなく。
日本ならではの住宅事情や生活習慣、食習慣による影響が、ペット犬の大腸菌を増殖させてしまったのでしょうか?
おそらくは違います。
以前からおこなっているユーザーヒアリングなどの調査や、これまでのマイクロバイオーム解析結果から垣間見える真実。それは
「最初から腸内細菌の組成がおかしい」
ということ。
販売前の幼少期に複数の抗生物質投与があったのか、または母親の腸内細菌が既に撹乱されており、正しい組成の引き継ぎができなかったのか。
繁殖現場、整体販売の過程で大きな問題が起きている可能性があります。
次回は食物繊維を分解するグループについて書く予定です。
- 犬の腸内細菌シリーズ
株式会社Forema(フォレマ) 代表。生態系保全活動の傍ら、自社ラボで犬と猫の腸内細菌/口腔細菌の解析を中心に、自然環境中の微生物叢解析なども含め広く研究を行なっています。土壌細菌育成の一環として有機栽培にも尽力。基本理念は自然崇拝。お肉は週2回くらいまで。