鴨は害鳥か? 諫早湾に見る野生鳥獣の実例

諫早の干拓事業をご存知でしょうか?私は学生時代に履修した「環境科学」の講義で諫早干拓事業と環境についての問題を知りました。十数年の時を経た今、問題は野生鳥獣の農作物被害という新たな問題に飛び火しています。

諫早の干拓事業について

Isahaya wan
By Paipateroma [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], from Wikimedia Commons

農地確保と防災のため

諫早湾では江戸時代から干拓が行われてきたらしいのですが、現在の大規模干拓による農地造成案の大本は戦後の食糧危機を背景とした1952年の発案にさかのぼります。そこから紆余曲折を経て湾を閉じる堤防造成が実際に着工されたのが1989年。8年後の1997年に堤防が完成して諫早湾は閉門。そこから10年後の2007年、全ての工事完了を意味する完工式が行われました。

着工された89年はバブルど真ん中で戦後の食糧危機とはすでに無縁ですから、政治力学による着工だったと見て間違いないでしょう。

陸地へと変貌した干拓地には営農者が入り、穀倉地帯が形成されると同時に、直後から海苔の不作や赤潮の発生、漁獲高の不良など、漁業への影響が現れ始めます。

漁業の壊滅

生態系における干潟や湿地の重要性は今でこそ広く知られていますが、20世紀後半の時点では広く認知されていたとは言えないように思います。日本がラムサール条約に参加したのは1980年ですが、そのメインステージは北海道が大半で、一般人にまで広く湿地保護の価値観が広がったのは21世紀以降だと感じます。

そういう背景もあったのか「不要な干潟」は大規模に埋め立てられ、結果として生態系が大打撃を受けます。漁業の壊滅による実害を受けた漁協側と、農地を守りたい営農側で利害が完全に衝突し、公共事業による環境悪化および地域分断の象徴問題として、私の受講した「環境科学」にも登場しました。

開門という選択

この問題の解決は、単に開門して元に戻せばいいだけのように見えます。そして2007年に福岡地裁で諫早湾開門の命令が国に対して出され、この問題は解決するかのように見えました。が、反対派が強固に抵抗して開門できないまま、現在でも関連する複数の訴訟が進行しています。

背景にあるのは、途中で民主党政権に変わってしまったことによる政治の混迷もありますが、諫早湾閉門と環境悪化の関連性を科学的に調査した環境アセスメントの報告(全5800ページ!!)が大きいように思います。この報告によると、環境悪化と閉門の関連には科学的な根拠がなく、諫早湾を開門しても環境改善の幅は小さい、という衝撃の結論。

では、なぜ諫早湾閉門とともに環境が悪化したのでしょうか?それについての見解をまとめたのが下記。長崎県のオフィシャルサイトに掲載があります。

http://www.pref.nagasaki.jp/shared/uploads/2013/06/1370324724.pdf

原因は月の18.6年周期の昇交点運動?

長崎県が公開している資料(元は国が実施した環境アセスメント)によれば、諫早湾の環境悪化の原因は月の周期の影響によるもので、2015年以降は改善するだろうというもの。(調査は2008年頃のもの)

以下、資料から引用します

1.有明海の異変は、以下のスパイラルによって発生すると考えられていた。

  1. 潮汐振幅の減少
  2. 潮流の減少
  3. 濁りの減少
  4. 透明度の上昇
  5. 植物プランクトンの増殖
  6. 赤潮発生
  7. 貧酸素化

2.ところが、アセス準備書では、有明海の再生にはつながらない結果。

3.環境省が行った「有明海貧酸素水塊発生シミュレーションモデル調査業務」(平成19年度~平成21年度)によれば、潮汐 振幅の増減は、月の18.6年周期の昇交点運動(月の引力の変化)の影響を受けており、潮受堤防締切の影響は小さい。

4.開門しなくても今後2015年に向けて潮汐振幅が増大し、これに伴い、有明海湾奥の貧酸素化が緩和されると示唆。

この内容が本当なのであれば2018年の現在、諫早湾の水質や漁獲高は大いに改善しているはずです。現時点での水質については、実は農水省の九州農政局が数値を公開しているのですが、正直意味不明でこれを解析する暇と労力は民間人にはありませんw

http://www.maff.go.jp/kyusyu/seibibu/isahaya/kankyo/suishitsu.html

と思っていたら、大枠について佐賀新聞が掲載していたので紹介します。オンライン記事は一定期間したら削除されるので全文を引用として掲載します。

引用

水質検討委が9年ぶり再開 諫早湾干拓調整池

農林水産省九州農政局の諫早湾干拓調整池(長崎県)の水質検討委員会が9日、福岡市で開かれた。国営諫早湾干拓事業の潮受け堤防排水門の開門問題を受けて2009年以降は中断していたが、9年ぶりに再開した。学識者の委員6人が出席し、調整池は水質保全の目標に届かず、引き続き改

会合で九州農政局の担当者は、干拓地の農業関係の排水や生活排水の対策を進めている一方、07年度の干拓事業終了後に一度も水質の目標値を達成していないことを説明した。対策強化や新たな事業の実施で、中長期的には改善できる予測も示した。

委員会は、10年12月の開門命令の福岡高裁確定判決を受けて、調整池が淡水から海水に変わることなどを考慮して開催を中断していた。今回の会合は、長崎県が本年度、調整池の水辺環境などに関する第3期行動計画の策定を予定していることを受け、基礎資料を提供するために開いた。

調整池を巡っては佐賀県有明海漁協が海への排水対策を農水省に求めている。

出典:佐賀新聞 https://www.saga-s.co.jp/articles/-/257463

この記事が事実なのであれば、諫早湾の水質は十分に回復しきっていないということになります。

まあありがちな話ではありますが、それにしても環境アセスメントとは一体何だったのか!? …そんな中、新たな問題が浮上しています。それが調整池に飛来する鴨の存在です。

諫早湾の渡り鳥、鴨が害鳥という現実

駆除されるマガモとカルガモ

鹿や猪が害獣として駆除されていることは今や広く知られるようになっていますが、鴨が害鳥として駆除対象になっていることはあまり知られていません。国内には12種類の鴨が生息、飛来しており、そのうちの4種が害鳥指定されています(地域によって対応差あり)。このうち諫早湾で駆除されているのはマガモとカルガモです。

干拓事業で閉鎖された湾には海を隔てる第一堤防と、営農地を隔てる第二堤防があり、両者の間に淡水化された調整池があります。越冬目的でシベリア界隈から日本にやってきたマガモやカルガモがそこで冬を越すわけですが、「すぐ隣に大規模な農業地帯がある」というのが諫早湾の実情。自然、鴨たちは営農地へ食事に出かけ、その結果として農作物被害が深刻化しています。農業と漁業の対立に加え、農家と野生動物との衝突が新たに加わったのが昨今の諫早湾の姿だと言えます。

市を訴える訴訟

そんなさ中の2017年12月、諫早湾の営農者が諫早市を訴えるという訴訟がありました。この営農者は市から営農地を借り受けているのですが、賃貸料を払えず、結果として営農地からの退去を迫られていました。

賃貸料が払えなかったのは調整池の鴨による農作物被害がひどかったためで、「にもかかわらず市は鴨に対しての対策を怠った、それで一方的に出て行けというのはおかしい!」という主張。

以下、産経新聞Westより引用。

諫早干拓営農者が提訴、鳥害で県公社に賠償請求

国営諫早湾干拓事業(長崎県)の干拓地で営農する法人2社が30日、野鳥による農作物被害対策を怠り、約4千万円の損失が出たとして、農地の貸主の県農業振興公社などに200万円の損害賠償を求める訴訟を長崎地裁に起こした。干拓事業で造った池が鳥の群れの原因になったとし、事業に関わる国や県も被告として訴えた。
訴状によると、2社は、公社が被害防止措置を怠ったため、収穫予定だった大根やレタス計4ヘクタール分が野生のカモの食害を受けたとしている。
提訴後、2社と代理人の弁護士が諫早市で記者会見し、「マツオファーム」の松尾公春社長(61)は「5年ほど前から被害が続いている。地主の公社は対策をせず、無責任だ」と述べた。
2社は、賃貸契約の同意書に応じないなどとして公社に3月末での契約解除を通知されている。また、干拓地運営に対する不満から、諫早干拓開門差し止め訴訟の原告からも近く脱退する方針。
公社側は「訴状が届いておらずコメントできない」としている。
https://www.sankei.com/west/news/180130/wst1801300086-n1.html

文面だけ眺めると「何でもかんでも行政のせいにしちゃダメだよ」とも思ってしまいがちなのですが、実際に諫早湾で鴨の駆除に当たっている猟友会の方に直接お話を伺ったところ「今年は鴨による被害は本当にすごくて困っている」のだそうです。猟期の終わった2月末の時点(=話を聞いた時期)でも、鴨が北に帰るまで引き続き「駆除」名目で捕獲が続いているという事でした。

余談ながら、同じく鴨の越冬地である鹿児島県の阿久根市では、同じ時期にどういうわけか鴨の飛来が少なかったそうです(地元の猟師さん談)。

豪雪寒波を連続させた異常気象が背景にあるのかもしれませんが真相は分かりません。鹿児島で少なかった分、長崎で越冬した個体が多かった可能性もありますが、よく分かりません。

自然を完全に管理・掌握しようという発想自体が間違いだと改めて思います。(これは子育てとも同じかも??)

殺される鴨に食材としての需要はあるか?

害鳥駆除は、駆除が目的となると「殺害」でしかありませんが、それが食材として活用されるのであれば「捕食」となり、(過剰でない限り)自然界の営みの一つになり得ます。

現在、弊社事業においてもいくつかのシェフから鴨の需要が知らされており、猟師さんからの出荷をお手伝いしています。鴨の飛来前の今(2018年10月)の時点で早くもリクエストが入ってきており、少なくとも駆除された個体の有効活用は少しずつ進んでいきそうな気配です。

ここでネックになっているのが価格です。国内の猟師さんたちが仕方なく駆除した鴨よりも、チルド(冷蔵)かつ空輸で輸入された鴨の方が安いのです。鴨に限らず鳥類全般、輸入チルドが安いです。なぜそんな安価な出荷・物流が可能なのか?「向こうはそういう文化があるからそういう市場ができている」とか「出荷に慣れているから」「大量に出荷するから」という人もいますが、ここは謎でしかありません。(今後もう少し調べてみます)

世界的に鳥類の減少が危惧されている中、ジビエ食材の鳥類だけが欧州にたくさんいて(?)安価で輸出入されているというのはおかしな話です。欧州産は一旦フランスに集められて検疫を経て出荷されるとも聞きますが、であれば送料やチルド期間の点も含め、ますます合点がいきません。この点については今後改めて・・。

最後に、諫早湾について、豊かな自然という観点からまとめた資料がありましたのでご参照ください。ただし、干拓事務所がまとめたものなので、干拓地の存在も肯定的に捉えられている点は留意が必要です。

https://www.pref.nagasaki.jp/shared/uploads/2013/07/1374733220.pdf

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