「ドライフードはジャンクフード」、そんな考えからドライフードを忌避する人が増えています。そんな中、ペット犬の「ドライフードと肉食」について、面白い海外文献がありましたのでご紹介します。
目次
牛の赤身肉でペット犬のマイクロバイオームに変化
腸内の微生物多様性に影響が出た
この論文では、11匹のペット犬を対象に、「ドライフード」から「牛赤身肉が主体の食事」に切り替え、マイクロバイオーム(腸内細菌叢)の変化を検証したもの。結果、マイクロバイオームの多様性に影響が出たと報告しています。食べ物を変えたので当然と言えば当然なのですが。
この研究の目的は、市販のドライフードから牛挽肉を多く含む食事への変更、およびその逆の変更が、健康なペット犬の腸内細菌叢および短鎖脂肪酸プロファイルにどのように影響するかを評価することでした。
ここで使用されたドライフードはFelleskjøpet’s Labb というもので、ノルウェーのフードのようです。
検証の結果、腸のマクロバイオームの多様性に影響が出たと報告しているわけですが、良くなったのでしょうか? それとも悪くなったのでしょうか?
関連商品:犬用の鹿肉
ファーミキューテス門の増加と3-メチルブタン酸
一般的に、マイクロバイオームの多様性が増すことは、体にとって良いこととされています。が、ここでは多様性に影響が出たとしか記載がありません。
食事の変更は、糞便微生物叢の組成と多様性に影響を及ぼしました(シャノン多様性指数)。ドライフードと牛挽肉を与えられた犬のサンプルで最も豊富なOTUは、それぞれFaecalibacteriumprausnitziiとClostridiahiranonisに属していました。
具体的な影響としては、
- フィーカリバクテリウム属のプラウスニッツィ (※1)が顕著に増えた
- クロストリジウム属のヒラノニス (※2)が顕著に増えた
たとのこと。ともにファミキューテス門という大枠に属しています。
※1.Faecalibacterium prausnitzii
※2.Clostridium hiranonis (最新の分類ではPeptacetobacter hiranonis)
前者は我々にとって有利な成分である酪酸を作り出す事で知られており(=酪酸産生菌)、クローン病やⅡ型糖尿病といった自己免疫疾患の症状改善に寄与している可能性がある細菌。
一方の後者は、ヒトの糞便にも生息している細菌で、同文献では「高レベルの胆汁酸7α脱ヒドロキシル化活性を持っている」と説明されています。難解な言葉ですが、平たくいうと胆汁酸を分解する能力が高いということ。ここで胆汁酸はP.hiranonisによって細胞毒性のある二次胆汁酸のDCA(デオキシコール酸)に分解され、それらはさらに別の細菌(※)によって次の段階(UDCAなど)に分解され..といった具合に無害化されて排出されます。※Collinsella aerofaciens など
また、マイクロバイオームのみならず、短鎖脂肪酸プロファイルにも影響が出たと報告しています。
牛挽肉の多い食事は、明らかに短鎖脂肪酸プロファイルにも影響を及ぼし、イソ吉草酸が増加し、糞便pHが上昇しました。これらの効果は、市販のドライフードが6週目と7週目に再導入されたときに逆転しました。
短鎖脂肪酸というのは、酢酸や酪酸、プロピオン酸など、宿主の健康維持にとって有益なもので、これらは腸内のpHを酸性に傾けます(=pHが下がるということ)。結果として有害な類の腸内細菌の増殖抑制に働きます。
で、それらに影響が出たのだと。
具体的にはイソ吉草酸(いそきっそうさん / 別名 3-メチルブタン酸)が増え、糞便pHが上昇、つまりアルカリ性に傾いたのだそうです。原文にははっきりした明記がないのですが、状況的に短鎖脂肪酸が減少したという事だと思われます。
これは犬にとって良いこと? それとも悪いこと?
腸内pHの上昇とメチルブタン酸の増加
イソ吉草酸(3-メチルブタン酸)は、「足の匂い」なのだそうです。それでも分かるように、これの増加および糞便pH の上昇は、人間であれば良い傾向とは言えません。
肉ばっかり食べて糞便が臭い、と書くとわかりやすいかと思います。
イソ吉草酸の増加は腸に対しても有害とされています。長期的には炎症や腫瘍にも直結する部分。肉ばかり食べる欧米食が成人病の主な原因という背景と同じですね。そして犬の場合においても、これは同じ理屈と考えて良さそうです。
人間との共生によって犬の食性は雑食に傾き、食物繊維の分解能力も獲得しています。(おそらくは犬種や個体差によるバラつきは大きい)
先述の酪酸・酢酸・プロピオン酸というのは有益な細菌類が食物繊維を分解することで産生されるもので、これらを生み出す細菌グループがいわゆる「善玉菌」と呼ばれることが多いです。
通常は食物繊維が分解されることで腸内pHは酸性に傾き、有害な腸内細菌にとって不利な環境となります。今回はその逆になったと解釈してよいのではないでしょうか。pHを下げる代表格としては草食で増える乳酸菌/ビフィズス菌の類なので、当然の帰結とも言えます。(肉食で便が黒くなるのはphが上昇するため/下降で黄色くなる)
まとめると、宿主にとって有益な細菌たちも増えたが、一方でマイナス面も見られた、というところでしょう。
肉食はペット犬にとって有害か?
お肉の多すぎが良くなかったとも言える
ここまでの話だと、肉食は犬にとってはそこまで良くないように見えます。果たしてそうなのでしょうか?
この実験は、ドライフード(おそらくは総合栄養食)を牛赤身ミンチがメインの食事に変えた検証。お肉がダメというよりも「お肉たくさんの食事」にしたのが良くないとも見る事ができます。(お肉は加熱で給餌)
これを、自然界と同じようにお肉は生で、内臓も加えて、比率も肉と骨と内臓のバランスを..。となるとまた結果は大きく違ったのかもしれません。
自然食の代替として、近年では手作り食の飼い主さんが増えているわけで、良質なお肉と野菜、穀物という組み合わせであれば、おそらくはドライフード単体よりも数値は改善した可能性もあります。(ドライフードの素性にもよる??)
現に有益な細菌と目されるフィーカリバクテリウム プラウスニッツィが増加しているという面もあり、バランスを上手く整えればプラスの部分も大きいと思われます。
>> 犬の手作りごはん一覧
ドライフードの問題は成分以外にもあり
近年ドライフードがやり玉に挙げられがちなのは、人間でいうジャンクフード的なものも多く出回っているがゆえ。商品によってはひどい原材料だったり、香料や着色料、保存料など化学物質の宝庫だったりという点が指摘できます。
今回の論文の主眼はあくまで変化の有無の検証ですが、ドライフードの良い点、不足点、お肉の良い点、不足点がなんとなく感じられるようにも思えます。
これが牛肉ではなく、鹿肉だったらどうなのか? ドライフードが別のメーカーだったらどうなのか? など、色々興味が湧くところです。
尚、Forema でも某大手さんのドライフード + 鹿肉 という組み合わせで似たような検証をしたことがあります。下記にさわりだけ軽く触れていますのでご興味があればご一読下さい。
備考:胆汁酸7αに関連する論文
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsb1944/38/6/38_6_805/_pdf/-char/ja
株式会社Forema(フォレマ) 代表。生態系保全活動の傍ら、自社ラボで犬と猫の腸内細菌/口腔細菌の解析を中心に、自然環境中の微生物叢解析なども含め広く研究を行なっています。土壌細菌育成の一環として有機栽培にも尽力。基本理念は自然崇拝。お肉は週2回くらいまで。