犬の腸内細菌について不定期で語る徒然シリーズ。今回はC.perfringens(クロストリジウム パーフリンジェンス)、通称ウェルシュ菌について。
※画像出典:Public health image library
(当記事は関連文献および、自社での16S rRNA解析事例を元に執筆しています)
目次
犬の下痢に関与している腸内細菌
お腹の不具合の原因No.2 くらい?
お腹に不具合のある犬の腸内細菌を解析したところ、頻繁に目にするのがウェルシュ菌です。体感としてはNo.2くらいです。ちなみにNo.1 は大腸菌ですが、この辺りは体感なので、厳密な統計ではありませんw
ウェルシュ菌や大腸菌以外だと、シュードモナス属やクレブシエラ属、サルモネラ菌のグループが目立ちます。まれにボツリヌス菌やC.ディフィシルなど。ほかにもいますがここでは省略します。
ウェルシュ菌とは何か?
ウェルシュ菌はクロストリジウム属に分類される細菌で、自然界にも広く存在します。何種類かの毒素を出す事で食中毒や敗血症、その他感染症の一因となります。名前が知られているのは人間界での食中毒が多発するためで、良く言えば身近な存在とも表現できます。
犬の腸内で何をしているのか?
ウェルシュ菌はなぜ犬の腸内に存在し、そして何をしているのでしょうか?下痢になる背景とは一体??
これはウェルシュ菌に限った事ではないのですが、多くの細菌たちが、置かれた場所でいつも通りのことをしているっぽいです。健康個体の場合、通常は検出されても全体の1%未満で、この状態だと害はありません。他の細菌たちに抑制/無害化されている状況だと言えます。
ところが、お腹に不具合のある個体だと、ウェルシュ菌が全体の4%から、多い場合は10%を超えていることもあります。一般的に不定期の下痢、慢性の下痢の原因は様々ですが、このような状況だとウェルシュ菌が主犯と考えて良さそうです。
かの有名な「C.ディフィシル」や「大腸菌」などもそうですが、少量存在する程度では弊害はありません。何らかの事情で単独の大増殖をはじめたとき、毒素を出して宿主に害を及ぼします。ウェルシュ菌も同様です。
ウェルシュ菌が増えてしまう理由
それは分かりません
ウェルシュ菌はなぜ増えてしまうのか?残念ながら断定はできませんが、ストレス環境で増えたとする研究報告は存在します。加齢でも自然と増殖します。また色々な事例を見ていると、共通しているのは他の不具合の存在です。ウェルシュ菌が単独増殖するのはあくまで表面化した現象の1つであって、実は別の問題が背景にあるように見えます。
例えば、「プロテオバクテリア門」の「エンテロバクター科」(←大腸菌などのグループ)がもの凄く増えているとか、腸内の主役である「バクテロイデス門」の細菌が激減しているとか..。
前者の場合、エンテロバクター科は抗生物質への耐性を持ちやすいことから過去の抗生物質の影響が考えられますが、そうではなく単に食事の選択がよくないだけかもしれません。もちろん老化が原因ということもあるでしょう。
後者については単に食物繊維が足りていないのかもしれませんし、やはり抗生物質の影響や、またはストレスや住環境などの外的要因もあるのかも??
ともあれ、何のきっかけもなしにいきなりウェルシュ菌が気まぐれで急増する事はないと考えていいです。なぜなら周りの細菌たちがそれを許しません。
生肉食の問題
別の問題として生食に触れておきます。生食を導入している個体からは、実に多くの細菌が検出されます。それは良い細菌からウェルシュ菌を含む病原性の細菌まで様々です。結果として生食を導入している個体たちは体力が優れていたり、毛並みが抜群に良かったり、プラスの面が目立つ子が少なくありません。
つまり、病原性細菌も含め、広く色々な細菌が存在している状況(※)であれば問題はないということです。いや、むしろその方が良いように見えます。(※腸内多様性が高いと表現します)
ではこの場合に何が問題なのでしょうか? おそらくは、歳をとって宿主が弱体化し始めた時、腸内の力関係が、さらに言えば宿主と病原性細菌の力関係が変わってしまう可能性が指摘できます。
生肉食をしている個体は、ピーク時は抜群に調子が良く、晩年は病原性細菌たちと戦いながら衰えていく可能性があります。自然界であれば、体内の病原性細菌に勝てなくなった時が寿命ということで、それ自体はむしろ道理だと感じます。
とはいえ、人間界に所属するペットの場合はそうも言っていられません。シニア期に入るタイミングで腸内細菌の組成も大きく変わっていくため、その段階で食生活を穏便な長寿路線に切り替えていくのが妥当に思います。具体的にはエンテロバクター科の抑制などですが、詳細はまた後日..
ウェルシュ菌は悪か?
善玉/悪玉というキャッチコピーが定着しすぎているのですが、ウェルシュ菌が悪、という断言は難しいです。毒素を出すし増えると有害なのは間違いありません。ただ、細菌たちは細菌たち同士でサバイバルをしており、絶対王者のような存在はいません。
もしもそういう状態があるとすれば、それは環境側に何らかの不具合があるという事です。それは自然環境の場合も、腸内環境の場合も同じです。
下痢の直接の原因がウェルシュ菌だったとしても、そこに至るまでの背景に潜在的な問題があるのかもしれません。そこを追求して変えていく方が、細菌リスク全体を抑制できるので有益だと考えています。
- 犬の腸内細菌シリーズ
株式会社Forema(フォレマ) 代表。生態系保全活動の傍ら、自社ラボで犬と猫の腸内細菌/口腔細菌の解析を中心に、自然環境中の微生物叢解析なども含め広く研究を行なっています。土壌細菌育成の一環として有機栽培にも尽力。基本理念は自然崇拝。お肉は週2回くらいまで。