愛犬、愛猫に手作りでご飯をあげるという価値観が普及してくるとともに、「犬の手作りご飯は良くない」という声も聞かれるようになりました。
ここでは、フード作りに携わってきた立場から「獣医師や栄養士ではない」視点で、腸内細菌も踏まえた知見をお届けします。
※記事中で登場するコメントは、実際に私が直接話を聞いた人たちの声です。記事用に対談したわけではないため、具体的な出自が出せない点、どうかご了承ください。
目次
手作りご飯は栄養が偏るという考え
偏りのない手作りご飯には知識が必要
業界の権威の論
手作りご飯に否定的な声の大半は、栄養の偏りを心配する気持ちが根底にあるように思います。以前、この方面で権威のある獣医師の方と対談したことがあるのですが、手作りご飯による栄養管理は「素人にはまず無理」との論が強かったです。
権威から見た栄養の数値を「厳密な意味で管理していく」ということであれば、確かに素人では厳しいのでしょう。
一方で、我々の普段の食事や、愛情をかけて子供に作ってあげているご飯に対し、「権威」が求める厳密な数値管理をしている人は果たして存在するのでしょうか?
おそらくはプロのアスリートや一部のビジネスパーソンなど、究極の体作りが必要な場合を除けば厳密な数値管理を求めるのは現実的ではないように思います。
在野の専門家の論
一方で、学会や業界とは距離を置く、在野の専門家(栄養士さんなど)の方と話をすると、論調がだいぶ異なります。
手作り食を推進するとある専門家は「一度の食事で全ての栄養を取るという考えに無理がある」と指摘します。
「いろんな食材を取り入れ、長期的にバランスを取っていく」との考えであり、厳密な数値管理を優先するのではなく、その子の調子や状態、体質に合わせながら日々調整していくというものです。
個人的にはこちらの方が自然に即していると感じますが、どちらにしろ、良質な食を維持するには知識が必要ということで、皆が少しずつ勉強をしていくのが妥当な道なのだと感じます。
偏るのはダメ、という考え方の限界
食材が持つ本来の不安定さ
手作り食の懸念点として指摘される「栄養の偏り」ですが、偏りを否定する前提にやや無理があるかもしれません。というのも、食材の栄養素はそもそも安定していないという前提が置き去りになっているからです。
例えば原材料に「にんじん」とあった時、全てのにんじんが同じ栄養素を含んでいる事はありません。お肉であっても同様です。
こうしたばらつきを少なくしていくために、製造業のような近代農業や畜産が展開されているわけですが、そこに無理があるのはもはや周知の事実と言えます。(農薬や人工飼料/抗生物質とセットです)
製造業的な農業や畜産を経たとしても、季節差、個体差、地域差はあり、厳密な意味での安定はありません。
品質ラベルは参考数値!?
食品やフードに記載のある品質表示ラベルですが、実際には毎回計測するものではありません。余程の大手でもない限り、1回計測したら当面は計測はしないはずです。というのも、栄養数値の解析にはけっこうなお金がかかるからです。(それは販売価格に転化されます。このコストを回収するには大量生産/大量消費というモデルが必要になります)
もしも食材が自然由来の良質なものであるならば、品質表示ラベルの成分表示は(厳密に言えば)参考数値として捉える方が現実に則しているように思います。
さらにいうと、安定を目指した結果登場するのが添加物で、健康のための安定追求が、結果的に不健康につながってしまうというのが昨今の実情のように思えます。
手作り食を検討している人たちはそういうのが嫌で手作りに流れていると思いますので、その意味でも「数値の厳密さを求める論調」と「手作り食を推進する」考えとの間には思想の溝が深いと感じます。
腸内細菌の視点から栄養素を考える
腸内細菌が振れ幅を吸収する
食材が持つ栄養素の振れ幅、また、何を食べるかによって異なる成分の振れ幅は、それを消化しエネルギーに変えていく腸内細菌たちによってかなり緩和されるとされています。
私たちやペットが食べたものは、消化され、小腸で吸収されますが、そこで消化できなかったものたちが大腸に委ねられます。ここで働くのが腸内細菌たちで、余り物として回ってきたものから「どうにかして栄養を取り出そう」と奮闘しています。
宿主が何を食べたかによって、腸内細菌たちの勢力図は大きく変わります。お肉が多い場合、お肉の消化カスを分解して栄養素に変える細菌たちが増え、野菜が多い場合は食物繊維を分解するのが得意な細菌が増えます。
さらに細分化すると、ニンジンが多いとニンジンの分解が得意な細菌、ゴボウが多いとゴボウ好きな細菌(※1)、海藻が多いと海藻分解が得意な細菌(※2)、というふうに細分化されていきます。
※1.いわゆる善玉菌が多い
※2.日本人は多く保有している
ただし、「お肉」と「野菜」では分解する細菌の属性が大きく異なり、お肉の分解が得意な細菌ほど毒素を排出しやすい傾向があります。よって、「多少の振れ幅」を超えるような偏った食事は控える必要があります。
また、長期的にはその細菌たちが健康や免疫に及ぼす影響が表面化してきますので、数値でいう栄養成分だけでなく、腸内細菌ケアという視点での食材選びが必要なのは間違いありません。
余談ながら、東北などの雪国は、夏場は魚介と野菜類、冬場は漬物などの保存食で生きながらえてきた歴史があります。この時、夏場と冬場では腸内細菌の組成が変わっているらしく、「今そこにある食料」から栄養分を取り出せるよう季節ごとに体内がチューニングされているのだとか。
カロリーを盲信することの落とし穴
多くの飼い主さんが注視する数値にカロリーがあります。が、同じカロリーを摂取しても、それを吸収する、しないの個体差が出てしまいます。そしてここにも腸内細菌が関与しています。
例えば、100kcalを摂取した場合、腸内細菌の代謝によって、98kcalになったり、102kcalになるといったばらつきが出ることがあります。
この差は、どういう細菌を保持しているかによって異なるものであり、よく言われる「太りやすさ」「太りにくさ」とも関連します。
腸内細菌解析を行ったことのある人なら聞いたこともあるはずの「F/B値」。これはB(バクテロイデス門)に対しF(ファーミキューテス門)が多いほど太りやすい、といった指標なのですが、傾向としてファーミキューテス門は燃費が良い(少しの原料でたくさんエネルギーを生み出せる)という側面を示しています。
(※F/B値はかなり雑な指標なので、あくまで傾向です)
個体によってカロリーの意味合いが変わってくるわけで、俗にいう個体差は、腸内細菌の差といっても過言ではないくらい重要な領域です。
余談ながら、一部の渡鳥では、渡りの季節になると腸内細菌の組成が代わり、同じ食料から効率よくエネルギーを取り出せる(=太りやすくなる)体に変わる事がわかっています。同じカロリーの食事から、それ以上のカロリーを得ているわけです。おそらくは他の種類の渡鳥や、ひょっとしたら越冬前の動物たち、長期遊泳前の鯨などでも同じ事が起こっているのではないかと思います。
話がいろいろな方面にブレましたが、まとめると、1回の食事でパーフェクトな数値を目指すのではなく、長期的に色々摂取し、全体を見ながら微調整していく事が正解なように思います。
株式会社Forema(フォレマ) 代表。生態系保全活動の傍ら、自社ラボで犬と猫の腸内細菌/口腔細菌の解析を中心に、自然環境中の微生物叢解析なども含め広く研究を行なっています。土壌細菌育成の一環として有機栽培にも尽力。基本理念は自然崇拝。お肉は週2回くらいまで。