2016年は東北地方を中心にツキノワグマによる人的被害が相次いでいます。原因として昨年はシイやナラなどのドングリ類が豊作で、個体数が増えた点が挙げられるとの事。これと似たような状況は数年前の2010年にもありました。ただしその時は大規模なナラ枯れによるドングリ類の不足が熊出没の原因とされていました。
ドングリが不足でも熊出没。豊作でも熊出没ということのようですが…。
ここでは、身近なようで実はよくわからないツキノワグマについて、とりとめなく書き連ねてみました。
目次
ツキノワグマの生息域について
ツキノワグマは本州や四国などの広い地域に分布しています。全国的に個体数の減少が懸念される中、Forema本社のある中国地方では増加傾向にあると言われています。特に西中国山地の3県(広島、島根、山口)においては、90年代よりツキノワグマの狩猟が禁止され、また各県が保護に取り組みはじめたことから、今では1000頭近くにまで個体数が回復しているようです。
逆に四国エリアでは生息数が数十頭まで減っており、多くの保護活動が行われるもまだまだ実っていないという実情があります。地理的な要因なのか予算的なものなのか、はたまた行政による取り組みの違いなのかはよくわかりませんが、そもそもツキノワグマの生態自体がまだ良く分からないらしく、各種取り組みがなかなか成果に結びついていないのだと思われます。
他方の九州では、ツキノワグマは絶滅寸前と言われてきましたが、2012年に環境省より正式に絶滅宣言が出されたのは記憶に新しいところです。
広大な山林が残る九州で、なぜツキノワグマが絶滅したのかは、やはりよくわかっていません。いや、まだまだいるよ、という声も根強く、行政による一方的な絶滅宣言に納得できないという声もしばしば。今も専門家らによる調査が行われており、関連団体も目撃例を募集しているほどです。
関東エリアにおいては、なんとなく熊は少ないようなイメージがあるかもしれませんが東京の奥多摩方面や丹沢や秩父などの自然豊かな地域はかなり目撃されています。生息する場所は人が歩く遊歩道であったり、公衆トイレなど人間が普通にいる場所で遭遇してしまう場合もあります。
ツキノワグマを保護するとどうなるか
個体が回復すると出没も増える
さて、ツキノワグマの保護活動が実って生息数が増えた中国山地ですが、ここで何が起こっているか?それは出没数の増加です。西中国3県の中でも人口の少ない島根県側では特に出没数が多く、中には人間社会に被害を及ぼす個体もおり、そういうものは捕獲された後、戻ってこないように人里から離れた山奥で解放という処置が取られます。島根県の奥地というのは広島県との県境付近でもあります。結果として同じ個体が今度は広島側で悪さをして捕らえられるというと事例が出ています。
捕まえてみると島根で捕獲されたのと同じ個体だったと。そういう個体は放しても別のところでまた同じことを繰り返すということで、現地の人も対応に苦慮しています。保護によって数が増えれば人との接触の確率も高くなるもので、こういう出来事は当然の帰結と言えます。ただ、山に食料が不足して人里に下りてくるのと、豊かになった結果として人里に現れるのでは背景が異なるのは間違いないように思えます。

秋田の奥山では減っている?
以前、秋田県で猟師をしている現役のマタギの方から伺った話では、この頃ではめっきり熊の数も減って、個体サイズもずいぶん小さくなっているとの事。20年前に取れていた大型クラスと同等のものとはまず出会うことがなく、頭数は明らかに減っているという話でした。合わせて、どういうわけか川魚の数も減っているとも嘆いていました。ちょうどナラ枯れのひどかった2010年の話です。
一方の岩手県側では、震災以降、ツキノワグマの出没が相次ぎ、鹿や猪のようには食用にしづらいツキノワグマの対処に苦慮しているという話もあります(現地出身の記者談)。秋田県側で長年にわたって個体数が減少している一方で、その後は個体の移動によって岩手で(局所的に?)急増しているという構図かもしれません。
個体群は移動する事も
ツキノワグマではないのですが、山口県では猪の例で似たような話を伺いました。そこは山口と島根の県境にある山奥の集落で、昔から狩猟が盛んなために敏腕の猟師さんが多いエリアです。自然豊かなそのエリアで、しかし近年猪が減少しているそうです。全国の山間部とは逆の現象です。おかげで農作物被害もある程度抑えられている模様。
しかしなぜ猪は減ったのか?
それは獲りすぎたからではなく、猪が安全な方へ下山して行ったのだと猟師さんたちは言います(→その隙間を埋めるように鹿が進出中との事)。ハンターが少なく、温暖で、かつ急速に過疎地の増えた日本海側へ移動し、そちらで大暴れしているという話。※猪の知能は犬同等という近年の研究結果があります。
個体数の増減は、局所で見るのではなく、全体で俯瞰する必要があるのは間違いないようです。
話をツキノワグマに戻します。森林ジャーナリストの田中淳夫氏の話が非常に興味深いのですが、そもそもツキノワグマの生息数の推定自体が間違っているのではないかと指摘しています。実際にはもっと多いのではないのかと。
田中氏は自身の記事の中で、「全国で数百羽しかいないとされていたオオタカが、後から調べると数万羽いた」という事例を紹介しており、なかなか鋭い指摘をされています。
人身事故が起こったときにどうすべきか
以前別記事で触れたアメリカのイエローストーン国立公園では、オオカミだけでなく、ハイイログマの個体数も増加しています。結果として、人間との接触の機会は増え、中には人が殺され、体の一部を食べられてしまうという事故も起こっています。
この時公園側がとった措置は、事故を起こした熊の射殺でした。ハイイログマを駆除するのではなく、問題の個体を駆除します。日本でも基本的には同じ方針が取られているようですが、先ほども触れたようにツキノワグマを保護している島根県では、問題のクマを山奥まで運んで逃す事もあります。が、結局この個体が今度は県境を越えて広島県側で問題を起こすという事に繋がっています。
人間でもそうですが、問題を起こすのはだいたいごく一部の決まった個体で、「またお前か!」という出来事が繰り返されます。これはツキノワグマに限らず、例えばインドでは豹で同じような事が起こっています。
よく言われるように、ツキノワグマは本来臆病な動物で、人間との接触を望んでいません。一方で、個体数の増加や里山の疲弊で人間との接触の機会が増えているのであれば、人間側が山そのものへの認識を変える必要があるのかもしれません。
ニホンオオカミを復活させる動きに対し、反対派の第一声は、危機管理の指摘です。しかしながら、オオカミと共存している先進国 、例えばドイツでは、山に熊がいる方がはるかに恐ろしいとされています。ちなみにドイツに野生の熊はいません。
逆に日本ほど人口密度の高い国でこれほど多くのクマが生息している国も珍しいそうです。今いないものをより恐れるのは人間のサガなのかもしれません。
ともあれ、山や自然に対する認識、野生動物に対しての捉え方を再考する時期にきているような気がします。

株式会社Forema(フォレマ) 代表。生態系保全活動の傍ら、自社ラボで犬と猫の腸内細菌/口腔細菌の解析を中心に、自然環境中の微生物叢解析なども含め広く研究を行なっています。土壌細菌育成の一環として有機栽培にも尽力。基本理念は自然崇拝。お肉は週2回くらいまで。
この記事を読んだ人にオススメしたい商品
