この頃、どういうわけか検索キーワードとして上昇を見せているニホンオオカミ。まだ生き残っているという説も根強く、ちょっとしたロマンをくすぐる存在です。
同時に、生態系にとって最も重要なキーストーン種でもあり、その近年の鹿・猪の増加に歯止めのかからない中、改めてその役割の重要性に思いを馳せる人が増えたという背景もあるのかもしれません。
ここでは、そんなニホンオオカミに関連する書籍をご紹介します。
ニホンオオカミ関連書籍
ニホンオオカミは生きている
九州の祖母山でニホンオオカミと思われる写真を撮影した民間の研究者、西田智氏による著書。
祖母山でニホンオオカミの遠吠えらしきものを聞いて以降、オオカミに取り憑かれてしまった著者の渾身の力作。これを読む限り、それっぽい生き物が今も祖母山に生息しているようです。
西田氏の写真について、好意的な専門家は「ニホンオオカミのようだ」と評し、批判的な研究者は「(イエイヌの血が入った)オオカミ犬の可能性が高い」と却下しているわけですが、双方の意見を総合しても、「ニホンオオカミ」もしくは「その系列」が生き残っているという事で一致しているのは興味深いところです。
ちなみに、北米で目撃されるオオカミのパックの中に時々黒い個体が生まれるのですが、これは過去に犬(イエイヌ)との交配があった際に出る特色らしく、とはいえこれを「オオカミじゃない」と言う人はあまりいないので、オオカミ犬が..とか言う学者は何なんでしょうかね..??
尚、西田氏は江戸期の文献などに登場するヤマイヌとニホンオオカミは別種ではないかという説(日本の山林にはオオカミ、ヤマイヌ、野犬の3種が存在したと言う説)をぶちあげており、なかなか説得力があってこれも興味深いです。
ニホンオオカミの最後
ニホンオオカミに関する文献をひたすら調査し、地道な聞き取りを重ねて現代に蘇らせた名著。民俗学的な表紙を見ても分かるように、決して華やかな内容ではなく、おもしろいかと聞かれれば、大部分の人にとってはおもしろくない部類に入るかもしません。
一方で、ニホンオオカミがなぜ絶滅に追い込まれたかを理解する上ではとても重要な「当時の人々の状況や心情」および「産業などの時代背景」に関する情報が多々あり、資料としては重要。
また、猟師さんでも「ニホンオオカミ」と「野犬」を混同していた点や、オオカミと野犬の中間の様な存在がいたことが資料からも窺い知る事ができ、「オオカミは人を襲わない」「いや、オオカミによる殺傷事件の史実はたくさんある」といった2つの意見の真相が垣間見えた気がします。
先述の「ニホンオオカミは生きている」著者の西田氏が唱える「ニホンオオカミとは別にヤマイヌという別種がいた」という説を補強する資料だとも解することができ、かつては森林大国だった日本の風土の奥深さを感じます。
ニホンオオカミは消えたか
研究者でもなんでもない著者が、奥秩父でニホンオオカミらしき生き物をモロにを目撃してしまった事から探究が始まり、深掘りを続けた経緯や詳細が記述された著書。
学者でないだけに、むしろとても読みやすく、最も一般人に近い目線の等身大的書籍。
奥秩父のニホンオオカミの写真は祖母山の写真と並んで有名なもので、今も目撃例が多いようです。どうでもいいのですが、埼玉って広いなぁというのが率直な印象でした。
オオカミ全般に関する書籍
オオカミたちの隠された生活
研究と撮影目的で野生のオオカミの近くに住み込んだ著者夫婦による、ドキュメンタリータッチの良書。リアルな生態がとても詳しく書かれており、「無知からくる恐怖」ではなく「知ることによる愛着」こそが自然界との共存なのだと気づかされます。
オオカミ迫害の歴史についても触れられており、非常に胸が痛むところです。
それにしてもハイイロオオカミは大きい。大陸に特化した種と、ヒダのような山谷を上下する日本に特化した種の違いを感じます。
世界一の動物写真
厳密にはオオカミ関連の書籍ではないのですが、表紙が秀逸なのでご紹介。全般において恐ろしく秀逸な動物写真揃いで、先人たちの努力と自然愛にただただ脱帽しかない圧巻の書。
ちなみにこの表紙の写真は、パッと見だとこちらを狙う野獣の絵に見えるのですが、よく見ると人間に怯え、しかしながら興味津々で物陰からそっと見つめる、とてもらいらしい写真だとわかります。獲物を狙う目ではないんですね。解説を読んでもそれがよくわかります。オススメの一冊。
オオカミと野生の犬
なぜか多くの書店で平積みでプロモーションされていたので知っている人も多いはず。イヌ科の生き物(タヌキまで!)が網羅されており、良質の写真と詳しい解説がついた一種の経典。子供の情操教育にも活躍しそう。
オオカミが主役ではあるのですが、個人的にはジャッカルの写真がとても秀逸。なんとなくネガティブなイメージを持たれがちなジャッカルですが、実は優秀なハンターで小型のオオカミである事がよく分かります。
また、DNA的に最もオオカミに近い犬が柴犬であるとの記述もあり、なかなかのサプライズ。シベリアンハスキーよりもオオカミに近いらしく、シバを見る目が変わります。
写真に残された絶滅動物たち 最後の記録
これもオオカミに関する書籍と言うには語弊があるのですが、表紙がフクロオオカミなのでご紹介。実際には鳥太刀の記述が多く、それだけ近代に入って多くの鳥たちが消えたという事でもあります。
とは言え、この本のクライマックスは間違いなくフクロオオカミで、最後の1頭が檻の中でたたずむ絵は胸に迫るものがあります。人類の愚かさとか、100年経ってもそこからあまり学んでいない現状に対する無力感などでモヤモヤしてしまう、現生人類に捧げられた反省の書。
ちなみにフクロオオカミもいまだしばしば目撃例が上がっており、人々は知らずのうちにそこに贖罪を求めてしまうのかもしれません。
生態系および外来種についての書籍
捕食者なき世界
これは名著。「鹿の増加とニホンオオカミの絶滅は無関係だ」と主張する人が時々いるのですが、是非一読お願いしたいところです。
キーストーン種である頂点捕食者が消えた事で生態系が崩壊した実例がひたすら記載されており、この自然界の原則に大して「日本だけが例外」と考えるのは現実逃避でしかないように思います。
有名なイエローストーン国立公園へのオオカミ再導入についても詳しく記載されています。冒頭のヒトデの事例も非常にわかりやすく、小学校の授業でも是非取り入れて欲しいほど。
外来種は本当に悪者か?
外来種は本当に悪者か?: 新しい野生 THE NEW WILD
外来種を悪と決めつける既存の価値観に一石を投じる、自然ジャーナリストによる渾身作。学者ではなくジャーナリストが執筆しているだけに非常に読みやすく、ど素人の入門書としても最適。
分かりやすく書いてあるためにプロ(??)から見ると表現が甘い部分があるらしく、アマゾンのレビューでは重箱の隅をつつくような批判もされていますが、化石系の人たちからするとそれだけ不都合な説なのだとも解釈できます。
この本に限った事ではないのですが、ゴリゴリの専門家より、「学者ではない専門家」が書いた本の方がだいたい秀逸で、「相手に伝える努力」というものがいかに重要かが分かります。
外来種のウソホントを科学する
こちらは生物学者による良著。「外来種は本当に悪者か?」に比べると全体的にカタい(学者っぽい)のですが、それでも一般人にわかりやすく平坦に書かれており、しかも途切れる事なく「失敗事例」が大量に列記。著者の懐の深さに純粋に感嘆するところ。
書いてある内容は「外来種は本当に悪者か?」と概ね同じなのですが、紹介されている事例は重複するところが少なく、いかに世界中で同じ誤解とミステイクが繰り返されているのかを痛感させられます。
それにしても人間が関与するとほんとうにロクな事にならない..。
なぜ我々は外来生物を受け入れる必要があるのか
先述2冊と同じ領域にある書。実はまだ読んでいる途中なので詳細はまた後日追記します。
その他、自然関連のおすすめ書籍
森の探偵
センサーを使って野生動物を撮影してきた著者による、写真多めの自然解説書。真夜中にいきなり激写される動物たちは驚いたと思いますが、その直前の自然な姿が鮮明に記録されており、非常に秀逸な動物写真の宝庫。
悪い言い方をすると「ただの隠し撮り」なのですが、実際には背景も含めた構図を昼間にガッチリ構築し、雨風やら登山者といった不可抗力も考慮にいれた入念なセッティングには男の意地を感じるところ。
野生動物は「けもの道」を使うとされていますが、普通に人が整備した道を使っているという実態も記録されており、彼らのしたたかさ、生き抜くタフネスを感じることができる、すがすがしい1冊。
熊が人を襲う時
私はこれを読んでモンベルの熊鈴を書いました。ツキノワグマによる人身事故の事例がひたすら記載されており、なぜ軽症ですんだか? 重症になったか? が分析されている、この上なく有益な一種のサバイバル教書。
特に有益だったのは、2年目の親子グマは子熊の方が危ないという知識。広島はツキノワグマが多いのですが、母熊は子熊を守ろうとするから危険と言うのが通説。ところが実際には子熊が独立前の戦闘訓練を兼ねて、ひたすら周囲にケンカを吹っかけてくるというのが実態らしく、母熊は仕方ないから参戦してくるのだとか。
著者は偶然にも広島の奥の方に住んでおり、そのうち話でも聞きに行きたいところではあります。
山怪
山怪はシリーズ化しており、現在第4作目が執筆されている模様。猟師さんをはじめとする山間部の人たちが山で経験した不思議な話を、これでもかと列記している名著。
一つ一つの話はどうでもいい小噺レベルで、ほとんどオチがなく、解説もなく、それだけに妙にリアルでじわじわ来るもの。社内で読みまわしたのですが、いい大人が皆怖がったという異色の力作。
それにしても、日本中で同じような体験談がゴロゴロ転がっているのを見ると、「確かに何かあるんだろうね..」という結論になってしまいます。
普段動物を撃っている猟師さんたちが不審死した話も多く、自然界からの逆襲なのではないかと感じたものです。
山間部での行方不明者のニュースを聞くと必ずこの本を思い出すという、強烈な爪痕を残していった「クビキ書籍」。
道迷い遭難
是非、山怪とセットで読みたいところ。護身のために購入したのですが、遭難事例がひたすら記載されており、この有益さは人命救助レベルです。
山中で動けなくなった遭難者が少しずつ衰弱しながら山中で死を待つエピソードなどが紹介されているのですが、その過程で不思議な経験をたくさんするのだそうです。いないものが現れたり、いない人の声が聞こえたり。
本人も幻覚だと分かっているらしいのですが、ともあれ山怪とセットで読むことで、より味わい深い一冊となるでしょう。
人類の消えた世界
人がいなくなると何が起こるかというシミュレーションを書き綴った、結構以前の話題作。新型コロナで世界同時の引きこもりが起こった時、この本を思い出した人もきっと多いはず。
人類が痛めつけ、制圧しきったように見える自然界も、人類圧から解放されると極めて短期間で勢力を伸ばし始め、元の姿に戻ろうとするタフネス。ある意味希望の書と言えます。
学術誌「Nature」に最近掲載された記事では、科学者らのグループが、現在生じている人間の活動の縮小を「人類の停止」と呼ぶことを提案している。これは、人間が周囲にいなければ、多くの動物が繁栄することを示しており、その証拠として、チェルノブイリ原子力発電所周辺の立入禁止区域や南北朝鮮を隔てる非武装地帯といった閉鎖された場所に多くの野生動物が生息していることを挙げている。
ナショナルジオグラフィック ニュースhttps://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/062900388/?P=2
born to ice
ナショジオ などでお馴染みの著名フォトグラファー、ポール・ニックレン氏の写真集。先に紹介した「世界一の動物写真」にも紹介されている有名作をはじめ、北極圏を中心とした過酷な自然界の動物写真が目白押し。
陸地だけでなく水中撮影もこなすのですが、加えて空撮も秀逸で、陸海空制覇の剛腕の背景に強烈な自然愛を感じるところ。
リスペクトしかありません。
ニホンオオカミ関連書籍というタイトルで書きながらも、ニホンオオカミより自然界全般の書籍の方が多くなってしまいました。いくらかでも参考になれば幸いです。
株式会社Forema(フォレマ) 代表。生態系保全活動の傍ら、自社ラボで犬と猫の腸内細菌/口腔細菌の解析を中心に、自然環境中の微生物叢解析なども含め広く研究を行なっています。土壌細菌育成の一環として有機栽培にも尽力。基本理念は自然崇拝。お肉は週2回くらいまで。