屋久島のヤクシカ

人間は鹿の増加を抑制できるか? 屋久島の事例を考える

近年の鹿や猪が激増した要因の一つとして、日本の生態系の頂点捕食者であったニホンオオカミの絶滅が挙げられます。では、元々オオカミのいなかった地域では、昔と今を比較するとどうなっているのでしょうか?

閉じた生態系である島嶼部のひとつ、屋久島の事例から考えてみます。

日本でもっとも鹿の生息密度が高い島

日本に住む人であれば、誰でも一度は憧れるであろう屋久島。本土の生態系とは完全に隔離され、ここに生息するヤクシカやヤクサルは屋久島だけの固有種です(ニホンジカ/ニホンザルの亜種のひとつ)。

その島に異変が起きて数十年。ヤクシカが大増殖し、生態系が大いに綻び始めています。

生態系被害には,世界自然遺産地域に登録される原生的な自然林分を含む地域における下層植生や 落葉等の過剰な採食の結果による屋久島の生態系や生物多様性への大きな影響が挙げられる。特に 生態系被害については,下層植生の消失,固有植物種の群落の消失,極相樹種の萌芽の採餌や実生 の消失が顕著であり,増加したヤクシカが屋久島の生態系に不可逆的な変化をもたらすことが危惧 されている。

平成29年 第二種特定鳥獣(ヤクシカ)管理計画 より引用

ヤクシカが増殖すると本土の例と同様に植生を荒らし、森林の底部が根こそぎやられてしまいます。表土は流出し、ボトムの生態系が崩壊します。

下草がなくなると、ヤクスギをはじめとする木の皮も食の対象となり、森へのダメージが本格化してきます。生態系保全の観点からも、また観光産業の観点からもこれは由々しき自体。

他の地域と異なっているのは、屋久島が閉じた生態系であること。生息範囲が限られているため、いまや全国でもっとも鹿の生息密度が高い地域となっています。

ここには古来からニホンオオカミは生息しておらず、よって頂点捕食者不在の生態系だったと言えます。にもかかわらず、なぜこれまでヤクシカは激増しておらず、また近年急に増加を始めたのでしょうか?

ニホンオオカミ絶滅と獣害増加は無関係?

世界遺産が要因かもしれない

全国で鹿や猪による農作物被害が深刻化し始めたのは21世紀に入ってから。が、ヤクシカが増え始めたのはそれよりもさらに前の90年代初めの頃とされています。世界遺産です。

1993年の世界遺産(自然遺産)への登録により、野生動物の狩猟が禁止になり、それをきっかけとしてヤクシカが増え始めたとされています。

自然を守るために狩猟を禁止したら、保護された鹿たちが自然を壊し始めたという笑えない事態ですが、逆にいうと、これまでは人間が個体数調整に役立っていたという事でもあります。

鹿害について

人間が頂点捕食者として機能する

屋久島には、すでに7000年ほど前には人が住んでいた形跡があるらしく、他の地域同様に鹿を捕食しながら衣食に活用していたと考えるのが自然です。

オオカミ研究家のスティーブ・ブラウン氏は、「人間にはオオカミの役割は担えない」といった趣旨のことを語っていました。人間は同じ季節に同じ場所でしか狩猟をしないから。また健康な個体しか狙わないから。

が、閉じた生態系である島嶼部においては、実際には人間がオオカミ同様に鹿の個体数抑制に貢献していたという事になります。少なくとも屋久島では。

大型哺乳類の絶滅は人間の狩猟によるもの

マンモスをはじめとする大型哺乳類の絶滅は人間の狩猟によるものだという事が定説です。アフリカの大地溝帯から旅立った現生人類が分布を広げていくに従って大型の野生動物が絶滅していきました。

約1万年前、ベーリング海峡を経て人類が到達してしまった北米大陸では、期を同じくしてオオナマケモノをはじめとする固有の大型の哺乳類が姿を消していきました。それらを捕食していたチーターなどの大型肉食動物も後を追うように消失。捕食対象を失った人類はさらに南下を続け、南米においても多くの野生動物を捕食しながら絶滅に導いていきました。

オーストラリアでもニュージーランドでも対象は違えど概ね同様の出来事が起こっています。つまり人間は頂点捕食者として十分機能しうるという事です。そう、太古においては。

ニホンオオカミ絶滅の原因と影響について

現代でも鹿への食圧は有効か?

野生のオオカミ(狼)
リトアニアで撮影された野生のオオカミ(狼)。

おそらく人間による食圧では対処できない

太古においては野生動物を絶滅に追い込むほどの強烈な食圧を加えてきた人類が、現代に増えすぎた鹿や猪の増加を抑制する事が可能なのでしょうか?

食圧という意味では不可能でしょう。

捕食しなければ一族が死に絶えてしまう古代人と、捨てるほどの食糧に囲まれている現代人とでは状況が違いすぎます。

年間120万頭もの捕獲は、(それが正確な数値であるならば)数値上は膨大なものです。それでも鹿や猪の個体数に減少の兆しがないのは、鹿や猪の繁殖力(および生育環境の有利さ)が捕食側の能力を上回っているということ。温暖化で越冬が用意になり、人口は減り始め、狩猟者の高齢化は引き続き加速を続けています。

人間の数と野生動物の生息数の比率が、自然界によって再調整されているさなかなのだと思います。

屋久島においては、捕食による抑制は無理ではない。たぶん..

近年の野生動物の急増は、温暖化による越冬リスクの低下や人類の撤退、そして頂点捕食者不在の問題、増えすぎた人工林問題、といった複合要因の結果です。

一方の屋久島は、世界遺産という皮切りがあるだけに解決はシンプルかもしれません。つまり狩猟者と猟犬です。

他の地域と屋久島の違いは、開いた生態系か、閉じた生態系かという点。屋久島には逃げ場がないのです。平成21年の狩猟解禁以後、現在でも狩猟は行われていますが、島の一部の地域のみ。これを全域に広げれば鹿の個体数調整は可能になると推察されます。

かつてハイイロオオカミがいなくなったアメリカのイエローストーン国立公園では、やがて鹿の行動が弛緩し、周りを警戒しなくなったそうです。その結果、一箇所で葉っぱが根こそぎなくなるまで食べ続け、植生への食害が加速しました。

が、数十年後にオオカミが再導入された途端、鹿の行動様式は大きく変わったとされています。

オオカミの巡回ルートには近寄らなくなり、また一箇所にとどまって若葉を食べ続けるという事もなくなったそうです。これによって、枯れるまで食べ尽くされるという事が減ったのは言うまでもありません。

1万頭の鹿を捕食するのに何人(もしくは何頭)が必要か!? みたいな議論をする人がいるのですが、仮に捕食者が1人(頭)でもいれば、被捕食者は行動様式を変えるでしょう。刃物野郎が出没するだけで町内数千人が大混乱するように。

島嶼部などの閉じた生態系では、捕食者が何人(何頭)いるかではなく、「いる」か「いない」かの違いこそが重要。人間に無理なら猟犬を巡回させる社会実験への着手は検討の余地が大いにあるように思います。

捕食者を避けて逃げ込んだ地域では、自然界が養える個体数が決まっているため、そこで自然淘汰が起こり適切な個体数が保たれるでしょう。

オオカミ復活の事例 イエローストーン

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