侵略的外来種という言葉があります。
これは外来種の中でも、特に生態系への影響の大きいものをワースト100とし、日本生態学界がそれらを定めています。有名なところではアライグマやカミツキガメ、ブラックバスが知られていますが、ここではその中の一つ、ウチダザリガニを紹介します。
冒頭写真: By David Perez – Own work, CC BY 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7628718
目次
侵略的外来種 ウチダザリガニ
北米からやってきた高級食材
ウチダザリガニはいかにも日本名のようですが、実際には北米原産の大型ザリガニ。研究者の内田亨博士の名前をとってウチダと名乗っている経緯があります。内田博士は、動物系統分類学の研究者として北海道大学で教鞭をふるった方で、クラゲやイソギンチャクなど、無脊椎動物の研究に定評があったようです。
さて、このウチダザリガニが最初に国内に登場するのは1930年頃。食用として石川県や北海道に持ち込まれたのが最初とされます。在来種のニホンザリガニより大型で、本国アメリカでは元々高級食材として需要のあった生き物ですが、以後数十年、国内では特に普及することもなく、気がつけば北海道で生態系を脅かすまでに増殖してしまいました。
ウチダザリガニが増えることによって、当然ながらニホンザリガニ(※2000年より絶滅危惧種指定)は駆逐されるわけですが、他にも水草を食い荒らすことでヒブナの産卵床が減ってしまった、とか、海外では(ザリガニにとって)重篤な感染症を広めた事例があるなど、環境意識の高まりとともにこの生き物への警戒も増していったと言えます。そしてきわめつけが特別天然記念物のマリモ。
GFDL-no-disclaimers, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=472717
マリモの激減の首謀者
近年数が減り、環境省のレッドリストにも指定されているマリモですが、その一因の容疑者として、ウチダザリガニの存在はかねてより指摘されていたようです。が、証拠がない。そこで阿寒湖の「マリモ保全対策協議会」が実験をし、実際にウチダザリガニがマリモを食い荒らしているのを立証したのが2009年のこと。既に在来種を駆逐するとして2006年に特定外来生物に指定されていたウチダザリガニですが、これまで漠然とあった危機感が決定的になった瞬間と言えるかもしれません。
ちなみに「マリモ保全対策協議会」というのは、北海道教育庁や釧路市、地元漁協組合やNPO法人、観光関連の組合など、かなり幅広い人たちによって構成された集まりで、マリモを観光資源、地域の宝、として守っていく理念を共有しているようです。彼らの実験結果によると、『平均して1頭のウチダザリガニがマリモ糸状体を1日約2グラム食べる』そうで、『阿寒湖じゅうのウチダザリガニがマリモだけを食べたら2年と経たずに無くなってしまう』との調査結果がはじき出されています。
パブリック・ドメイン, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=697060
ウチダザリガニの現在
実は北海道だけではない
ところで、ウチダザリガニが帰化してしまったのは北海道だけに限りません。既に、福島や長野、滋賀で定着が確認されていますが、2010年あたりから利根川水系でも生存が確認され、十数匹が捕獲されています。ウチダザリガニが作る巣穴は、堤防にダメージを与えるとも言われているため、氾濫の多い利根川水系では阿寒湖とは違った意味で深刻な問題といえるかもしれません。ただし、近年急に数が増えたというよりも、特定外来生物などで注目度が高まり、メディアが取り上げる頻度が増えたといった方が正しいように思えます。
食材としての活用が始まっている
そんなウチダザリガニを、どうにか有効活用しようと、北海道の阿寒湖では、地元漁協とメーカーが共同で商品開発に乗り出しています。Forema-フォレマでも取り扱いのあるレイクロブスタースープです。これらは主に地元のお土産屋さんなどで販売されていますが、ほかにも生きたウチダザリガニが地元ホテルや飲食店などに出荷され、本来の目的どおり、高級食材としてリサイクルされはじめています。もちろん、駆除が目的の為、一切養殖はせず、それでも年間数万匹が捕獲され、多くが有効に活用されているそうです。
他方、同じくウチダザリガニ問題を抱える福島県では、裏磐梯観光協会主催で毎年ウチダザリガニの釣り大会が行われ、それなりに盛況となっているようです。しかも、釣ったらそのまま食べてしまおうというコンセプトで、なかなか話題性の高いものとなっています。
By I, KENPEI, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=4196182
とは言え、駆除したり、リサイクルする事によって、実際にどのくらい個体数が抑制されたのか、大まかな数字がはじき出されていない、もしくはメディアに詳細が取り上げられていない為、生態系破壊者という意味でいまだ不気味な存在と言えるでしょう。
タンカイザリガニが実は・・
尚、ウチダザリガニの同種として、滋賀県のタンカイザリガニが有名ですが、こちらは『淡海湖の固有種』として保護の対象になっていました(当初は同種とは知られていなかった)。天敵のブラックバスを駆除してタンカイザリガニを守ろう、という運動が長い間行われてきたのですが、2006年、ブラックバスともども特定外来生物に指定されるという大波乱を経て今に至っています。
実のところ、淡海湖ではタンカイザリガニの固体数が激減しており、当然ながら生態系への影響も確認されていないと言われています。低い水温を好む同種にとって、阿寒湖ほどには環境が適していなかったのかもしれませんが、ともあれ一方では侵略者として猛威をふるい、一方では守られるべき存在としてひっそりと生き延びる。問題は種の強弱や良し悪しではなく、あくまでバランスであるのだと気づかされます。
最後に余談ですが、ウチダザリガニはフランス料理でのエクルビス。国内で使われるエクルビスは大抵はアメリカザリガニで、ウチダザリガニが使用される事は稀だと言います。
株式会社Forema(フォレマ) 代表。生態系保全活動の傍ら、自社ラボで犬と猫の腸内細菌/口腔細菌の解析を中心に、自然環境中の微生物叢解析なども含め広く研究を行なっています。土壌細菌育成の一環として有機栽培にも尽力。基本理念は自然崇拝。お肉は週2回くらいまで。